西洋美術を大きなテーマで分けるならば「ギリシャ神話と聖書」〜これを切り離しては絵画&彫刻等〜数多くの美術作品を解釈するのは不可能に近い大きなテーマです。それは建築にも工芸品にも哲学にも、さらには人々の深層心理にも流れる大きなテーマだと思います。画像にご紹介しますサルヴァとティーサービスセット。どちらも同じテーマにて仕上げられた銀器です。工房はそれぞれ得意な分野を活かした技術力によりサルヴァ&ティーサービスを作っていますが、時期をずらしながらも同じテーマの銀器に出会えた事。さらに特徴ある装飾モチーフに繋がる秘話ではないかと〜興味を魅かれました。
世界中に伝えられる数多くの神話の中でも、ギリシャ人は実に多くの神々を信じ、王侯貴族の祖先は神と人間との間に生まれると、さらに古い家の祖先はみな神にさかのぼると語り伝えられています。その神話や伝説は『イリアス』『オデュッセイア』の叙事詩などにより語られ、神々を称えた神の姿を彫り上げ描かれました。しかも美しく偉大な人間の姿に表され〜。
もちろんその説にも異論を評する論説があり、まだまだ研究途中の論戦ですが、ギリシャ神話を取り入れたエトルリア人はエトルリアの神々とギリシャ神話の神々を結び付け、ローマ人もローマ化してギリシャ神話を伝え、ルネッサンス以降に於いてもヨーロッパの人間生活の内面を象徴するものとして深く浸透し、芸術・文学の原動力となり・・・生き続けている流れは事実ではないかと思います。
ここに数々の神話のテーマから、サルヴァ&ティーサービスセットの装飾イメージに重なるテーマを一つ挙げてみます。人間の姿になったゼウスとテバイ王カドモスの娘セメレとの息子で本来は半神のディオニュソス〜ローマではバッコスに関わる言い伝えからモチーフに近い物語をご紹介します。もともとはトラキア地方の神がギリシャに入った為、オリュンポスの十二神の中に入らない神〜バッコスですが、ディオニュソスの神話として名高い『ホメロス風讃歌』の第七に出てきます。
物語はエトルリア人の海賊が海岸にいる青年のような様子のディオニュソスを舟に乗ってさらいます。海賊がその青年を縄で縛ろうとしても縄がゆるみ縛れず、舟が沖に出ると甲板には葡萄酒が流れ、葡萄の蔓が帆桁の上にからみつき、次第に葡萄の実の房がいくつもぶら下がりました。さらに常春藤の蔦も絡み花が咲き、とうとう舟が動けなくなります。するとその時、ディオニュソスが獅子の姿に変じ瞬く間に獅子は海賊を倒してしまいます。難を逃れるために海賊達は海に飛び込みますが、何と飛び込んだ者は次々と海豚になっていたというお話です。
もうひとつ「ディオニュソスの祭り」では葡萄酒の祭りで葡萄を収穫し、酒を作る地方で行われた陽気な歌や踊りをしながら行列をつくり、賜物を立てて練り歩いたとされる祭りです。その祭りに熱狂したバッコス信女達はバッカイ若しくはマイナデスとよばれ、手にテュルソスという古代の豊穣の象徴とされる蔦で飾った木の枝の先端に松毬を持ち乱舞し、バッコス信者の男性はバッコイと呼ばれました。その様子をギリシャの陶画ではバッコス信女のバッカイと言われるマイナデスの額に蛇をつけ、右手にテュルソスを持ち、左手に後ろ足で立つ豹を支えるマイナデスの姿が描かれています。
絵画ではロンドン・ナショナルギャラリーの所蔵品から ティッティアーノが描く「ディオニュソスとアリアドネ」に笛や葦笛を吹くサテュロス達とシンバルを打ち鳴らすバッカイ=マイナデスが描かれ生気と感動に満ちた行進図が見られます。
さらにローマ人はディオニュソスをバッコスの名で崇拝し、ローマのバッコスの祭典として言い伝えられいます。
再びティーサービスセットを飾る帯状のボーダー紋様には葡萄の蔓&房飾りとバッコスの信女&信男に似たフェイスの上に古代の豊穣の角で飾られています。その豊穣の角こそゼウスに拝乳したと伝えられるヤギの角でもあり、その角の中に花&果物&穀類を盛り付けられたとされます。そして神話に言い伝えられる獅子の姿に変じたとされるバッコイ。ティーポットのハンドルには月桂樹の葉装飾で仕上げ、バッコイをテーマとする物語を表現した銀器に秘められた数々のギリシャ神話が奥深く語られているようです。
最後にもうひとつ付け加えさせて頂きます。シュガーボウルを飾る左右のハンドル装飾。この特徴あるデザインはスコットランドに伝わる木製のハンドル付き酒杯のスタイルとされます。やはりバッコス物語から連想される酒杯はモチーフとして切り離されないもののようです。 |
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