No.025 ジョージアン・ティーポット〜その2

英国では1714年より4人のジョージ王が続いた治世を「ジョージアン」と呼ばれています。ヨーロッパ大陸に比べ文化的に後れを取った英国では当初フランスをはじめとしたヨーロッパ大陸の各国の贅を尽くした王侯趣味に右倣いという趣向も多く感じられました。しかし、英国の産業革命が進行するとともに、英国が最も学問&芸術に花開いた時代とも言えます。その後、産業革命は一世期近くに渡り英国の経済を豊かにする原動力となり、人々のインフラ整備から建築&鉄道さらに陶磁器&ガラス等の工芸品にもその流れが大きく変化した時代です。

1770年頃から1790年代に入った頃、それまでヨーロッパ大陸に流行していたロココ様式を主流に作られていた銀器にドラムスタイルというティーポットが登場します。それは銀のシートをまるめてドラムを作ったことからそう呼ばれ、そのシートを上部と底の部分に貼り、貼り付け部分を目立たなくする為に、つなぎ目にハンドルを取り付け、注ぎ口のデザインは煙突のような真っ直ぐに延びた形状でエングレーヴィング彩をより洗練された装飾技法〜ブライトカットなどが施され英国の銀工房が考えたオリジナル・スタイルでした。

折しも英国の建築や文化に大きな影響を与えた流れが起こります。当時のヨーロッパ大陸で栄えた過剰とも感じさせる装飾性のバロック芸術やロココ様式に反発した動きです。それは古代ギリシャ&ローマ時代の芸術に回帰しようとする流れ、つまり新古典主義に基づき考えられた芸術&文化の趣向が起こります。銀器とて同じ趣向の流れ〜銀器のデザインやデッサンを取り持つ建築家や画家達の時代を読む眼により、時代の流行の中心となった新古典主義様式を用いた銀器が多く作られるようになってきます。

こちらはロンドン1782年 Robert HennellTが仕上げたティーポット。彼の父親 David Hennell はゴージャス&華麗なロココ様式の銀器を得意とするEdward Wood(1728年〜1750年)に師事を受け、その工房のマスターとなり1735年に独立。その後1736年にホールマークを申請しています。David Hennell は沢山の子供達に恵まれましたが、その中の一人Robert Hennell が1756年に父親に弟子入りし1763年に独立。その後Robert HennellTに引き続きRobert HennellU&Robert HennellVへと工房を引き継いだHennellファミリーです。

さらに追記しますとジョージアンにはルネッサンス様式からリージェンシースタイル&エジプシャンと言われるギリシャ・ローマスタイル。さらにヴィクトリア期へと英国の繁栄が続く頃にはロココ様式のリバイバル&ある意味〜英国のと付け加えるべきゴシックリバイバルが始まります。

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