No.033 ベンジャミンスミスファミリー

英国のシルバースミスが時代を経ながらも素晴らしい銀器を作り続けたのは、工房を受け継いだファミリヒストリーに紐解かれます。その中でもジョージ王朝時代に活躍したシルバースミスは英国銀器の礎を築き上げた名だたるシルバースミスばかり。当初バーミンガムに活動拠点を置いたBenjaminSmithファミリーもそのひとつです。
ファミリーの初代 BenjaminSmithUは1764年12月15日にRalphSmithの息子として生まれ、バーミンガムのMatthewBoultonと一緒にバックルを製造していました。その時の記録がバーミンガムのアセイオフィスに1790年5月18日に申請されたと記されています。

その後、BenjaminSmithUはMatthewBoultonと一緒に働いていた弟ジェームズと一緒に宝石商のジョンランダーと新たなパートナーシップ結びボタンメーカーとして活動し始めますが、バーミンガムからロンドンへと活動拠点を変えることによりパートナーシップは解消。
1802年2月1日にグリニッジにワークショップを開き、DigbyScottと提携し1802年10月4日にホールマークを申請します。

BenjaminSmithUの力量を称えられるのは、PaulStorrと同じく、当時の最も優れたロンドンの有力工房でもありショールームを構え銀器商として影響力のあったRundellBridgeから芸術家達がデザインしたものを製造依頼され銀製品を卸していました。その事からRundellBridgeの支援がロンドンへの移転を促されたのかもしれません。
RundellBridgeの顧客層や銀器の注文は主にロイヤルファミリーからの銀器が多く、その技量が伺えます。 今もロイヤルコレクションには、BenjaminSmithUのロンドン1803年TheJamaicaTeaService、トレイ、バスケット、ワインコースターなどが数多く保管されています。

BenjaminSmithUの長男が1808年7月に父に弟子入りし修行を始めます。
1816年7月5日には息子のBenjaminSmithVとパートナーシップを結び親子で初めてホールマークを申請しています。父と同じく息子のBenjaminSmithVもジョージ三世から注文を受けたゴールドギルドを施したトレーやジョージW世に注文を受けたゴールドギルドを施しガラスのディッシュをあわせたイパーンが代表的な作品として遺されています。

こちらはBenjaminSmithVロンドン1841年に申請したティーケトル付きサルヴァ大・小をあわせたティーサーヴィスセットです。 ティーケトルやサルヴァの装飾技法はBenjaminSmithUを受け継いだ際立った作風で父の功績を活かし1850年に亡くなるまで数多くの銀器を作り上げました。


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